"家族の風景"
まるでおとぎ話を見ているかのようだった。
あまりにも暖かな家庭の風景が目の前に広がっていたから。ここは、安曇野にあるりんご農家「おぐらやま農場」。俺はここで1ヶ月半ウーフ(農家に住み込みで働く)した。俺を受け入れてくれたホストファミリーは五人。おとーちゃん、おかーちゃん、そして子供が三人、長男、長女と次男の計五人。フレンドリーで寛容、音楽好きな家族。おとーちゃんはりんごを育てるのに心血を注ぎギターも歌も上手い。おかーちゃんはいつもニコニコ笑顔で太陽みたいな人。長男はサッカー小僧、長女は天真爛漫な軽音楽部、次男は自由奔放な天才肌。子供たちはみな素直で真っ直ぐ。周りを畑に囲まれていてポツンとその家がある。遠くに北アルプスの山々。そんなのどかな場所。
毎日、子供たちを中心に家族団欒が繰り広げられていた。クラスメイトの事、テストの出来や合唱コンクールなど学校での話題。子供たちがイキイキと喋る。それをおとーちゃんとおかーちゃんは微笑みながら聞く。お喋りは尽きない。賑やかな食卓。ふと、ダイニングルームを見渡すと、壁には家族と歴代ウーファーたちの写真や子供たちが描いた両親の似顔絵が所狭しと飾られている。
家族は俺らウーファーにも暖かく接してくれた。
"Friends just like family"
(家族の様な友達)
これは、WWOOF Japanのスローガン。まさにこのスローガンの通り、俺は自分がその家族の一員であるかの様に感じていた。共に料理をし、共に飯を食い、共に音楽を奏で、共に語らう。家族の皆は、他人にバリアを張ることなくオープンだった。特に、驚いたのは子供たち。高校生~小学生の子供たちだ。それくらいの年頃は人見知りで他人とあまり喋らない子が多い。しかし、彼らは俺のウーフ初日から壁を作ることなく接してくれた。彼らがオープンな理由は、長年この素晴らしい環境で育ってきたからだろう。家族はウーフホストを始めて、15年ほども経つ。長女と次男は、産まれてからずっとこの環境だ。国籍も人種も違う世界中のウーファーたちが、年間に何十人も家に寝泊まりする環境。そんな状況で人見知りだとやり辛い。ウーファーたちと楽しくストレスなく生活するなら、バリアを取っ払った方がいい。そういう風に自然と育っていった、と俺は思う。そんな開いている家族だから、俺も本当に居心地が良かった。
「ありがとう。」と言える心の状態は幸せなことだ。何故なら、人がしてくれた善意に気づけるには十分なほど、あなたは心にゆとりがあるからだ。美味しいご飯。熱いシャワー。暖かい布団。今日も昇るお天道様。全て当たり前のようでいて、実は当たり前なんかではなくありがたい。でも、あなたの心が淀んでいたり病んでいたら?きっと、これらのありがたみには気づけないだろう。
ここおぐらやまの人たちはちゃんと「ありがとう。」と感謝する。大人も子供もおぐらやまのスタッフもウーファーたちもみんな「ありがとう。」と言える。それはきっと、ここにはポジティブな空気が流れているんだ。それが人に良い風に作用している。俺はそう思う。
家族は「家族会議」をちょくちょくしていた。議題は、その日あった出来事や家族旅行の計画など。両親よりもむしろ子供たちの方が会議をやりたがっていた。そんな事を朝の5時や6時からしている。めちゃめちゃ仲良しじゃん。てか、家族会議って!俺の家族では、一度もなかった。似たような事すらなかった。
自分の家庭に、暖かみはなかった。学校の事や今日あった出来事を家族と話すことはあまりなかった。特に、親父とは。彼は俺の学校の成績以外興味がなかったようだ。家に家族写真や俺ら兄弟が描いた絵が飾られることもなかった。また、小学校の昼飯の時間、ある日俺は思った。
「なんでクラスの皆、こんな騒がしく喋ってんだ?」
家では食事中、ほとんど会話はなかった。ましてや笑いなどなかった。たまに言う父親の笑えない冗談を聞いて「クソほどにつまらない」と子供ながらに思っていた。自分の家族と何か暖かくて血の通ったものを分かち合ったという記憶がないのだ。そんな家庭で育ってきたから、おぐらやま農場の家族の暖かさは俺にとって驚きだった。こんな暖かな家庭がこの世にあるとは。
さて、いま俺は長野の山の上にある格式あるホテルでリゾバ中だ。ここがまた、おぐらやま農場とは全く違う環境なのだ。暖かみの欠片も人との交流も新鮮な野菜もない。社員寮の壁には「○○禁止」だの「ドア開放厳禁」だの「××を守れない者は強制退寮」の張り紙が至る所にある。客室は100も200もある大型ホテルなので従業員の数は多く、それ故に従業員は同じ部署だけで固まり他の従業員グループには興味ない。恐ろしいほどに無機質だ。仕事以外の時間で、喋ることがない日もある。社食は中々美味しいと思う。しかし、おぐらやまで毎日頂いていた自家栽培の野菜には敵わない。小松菜、ほうれん草、白菜、大根、人参、じゃがいもや玉ねぎ。特に、春菊の美味しさといったら!スーパーで売ってるのは苦いのもあるが、全く青臭くなく新鮮で子供ちも大好きだ。
農家とホテルだから、違うのは当たり前だ。それでも、まるで全く別の世界に来てしまったかのような気になる。ここは別の惑星なんだろうか。今までとんでもなく恵まれた環境で生活していたんだな、と再認識する。おぐらやまが恋しくて今はちょっぴりホームシック(笑)。ホームシックになったことなど皆無だったのに。海外にワーホリ行ったり、今している自転車旅で家に一年以上帰らないことなど、ままあった。日本が恋しいと思った事はあれど、実家が恋しいと思ったことは一度もなかった。
ま、別にリゾバだしお金を稼ぎに来ただけ、と割りきって考えている。それ以外のものは求めていない。しかし、短期間だからこんな乾いた環境でも生活していけるが、長期間はキツイ。
ハナレグミというミュージシャンが歌う「家族の風景」という曲がある。
おぐらやまの愛すべき家族団欒を見ていて、この曲を急に聴きたくなったのだ。それ以来、ずーっと聴いている。
俺もいつか家族を持つ日が来るのだろうか?もしそうなら、彼らみたいな暖かくて開いている家族を作りたいなぁ。
おぐらやまでのウーフ経験は、俺にとって宝物です。どうもありがとうございました!
最後に。皆様、よいお年を。