LIFE IS A TRIP! ~カナダワーホリ経由、サンティアゴ巡礼行き~

2017年秋、スペイン・サンティアゴ巡礼900km完歩!動画は→https://youtu.be/luRrk8gVzeg NZワーホリ、ネパール・ミャンマーの旅、カナダワーホリ、からのサンティアゴ巡礼。ハイキング、音楽やサブカル、そして穏やかでイキイキしてる人が大好き。

"いま生きているという冒険"

こんにちは、ポンです!

 

今回と次回、二回に分けて話したい事は、尊敬する写真家

石川直樹さん
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写真家・冒険家。

世界七大陸最高峰登頂の最年少記録(当時)を達成、熱気球での太平洋横断の挑戦、ミクロネシアの伝統的な航海術による筏での冒険などを成し遂げてきた。

彼の事を初めて耳にしたのは、カナダのネルソンでだった。そこで仲良くなった日本人の山屋・スキーヤーの男の子から、お勧めしてもらった。なんでも彼は、この石川直樹さんの著書『いま生きているという冒険』
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を読んで、北米最高峰のデナリ(マッキンリー6,196m)に登ろうと決心したらしい。

この本に掲載されているデナリでの写真がこちら。
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見渡す限り、真っ白な稜線が続く。彼がこの本のどこに触発されてデナリ登頂を決めたかわからないが、こんな写真を見せられたらデナリに登りたくなる彼の気持ちもわかる。

 

石川直樹さんの成し遂げてきた功績にも敬意を払うのはもちろん、

俺が彼に惹かれるのは冒険家としてのその姿勢・感性だ。

以下、彼がエベレストに登頂した時の様子から抜粋。

単独で登山をしているときはもちろん、たとえチームで登っていたとしても、基本的には自分の身体をコントロールしているのは自分です。次に踏み出す足の置き方を間違えたら、危険にさらされてしまうような場所がいくつも出てきますが、ぼくはそういう所にいるときになぜか心の底から幸せを感じるのです。「何だかすごい場所にいる。」という気持ちが湧き上がってきて、自分が"生きている"と感じるのです。その瞬間、嬉しくなり、気持ちよくなります。

 

下手すると、ヤバい奴のようにも聞こえるかもしれないけど(笑)彼の言ってる事が少しわかる。何故なら、俺にも似たような経験があるから。(規模は比べようもないほどちゃっちいけど。)

それは、数年前に南アルプスに登りに行った時の事だ。甲斐駒ヶ岳という3,000m弱の山を一人で登っていた。そうしたら、もう少しで頂上という地点で、道が2つに別れていた。1つは直登ルート、もう1つは巻き道ルート。直登は距離が短いが、最短コースでいく為に急傾斜で所々にプチ・ロッククライミングのような難しい箇所がある。巻き道は、遠回りだが傾斜はきつくなく難所も少ない安全ルートだ。途中で出会った登山者のオッサンに

「どっち行ったらいいっすかねー?」

て聞いたら、

「直登でしょ。お兄さんは若いから大丈夫。俺も若い頃はそっちから登ったし。」

と教えてくれた。なので、俺は直登ルートを選んだ。始めは大した事はなかった。足取りは順調。しかし、先に進んでゆくと道はどんどん険しくなり、ついには大きな岩が行く手を阻んだ。

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俺は「ここを登るんか。。」と躊躇した。が、おじさんもああ言ってたし、歩を進めて大っきな岩に取りついた。まるで巨大な岩のジャングルジムだな、と思いながら岩をよじ登る。が、岩場の中間くらいで詰まってしまった。登ろうとも、自分の上にある次の岩のとっかかりまで手が届かない。かといって下る事もできない。下にある岩のステップまで足が届かないのだ。下の足場まで2~3mといったところか。つまり、立ち往生。前進も後退もできない。「これはまずいぞ。。。」と思った。ずっとそうしている訳にもいかない。自分の体重を支えてる腕と足が限界を迎え、やがて滑落するだろう。思い切って、下の足場まで飛び降りようか?でも、7~8kgはあるザックを背負いながら上手く着地できるだろうか?足の捻挫で済めばいいが、バランスを崩して頭を打ったりでもしたら最悪死ぬこともあり得る。

どのくらいの時間がたったろうか。実際は30秒や1分そこらだったかもしれないが、俺にはとても長い停滞に感じられた。そして、意を決して上に登る事に決めた。腕を目一杯伸ばした。その手は、岩のとっかかりを捕らえた。なんとか危機を脱したのだ。

そうして、甲斐駒ヶ岳の頂上に立てた。しかし、俺はひどく疲れていた。肉体的にも精神的にも。その時に実感したのは、人間は窮地に立たされるととてつもない集中力を発揮する。火事場の馬鹿力、てやつだ。が、その後の反動でひどく疲れてしまう。まるで、幽白の飛影が黒龍波を喰った後に冬眠に入るように。(違うか笑)

そして、岩場でもがいてみじめに張り付いている時、自分が生きているという事を強く実感した。落ちたら、死ぬかもしれない。でも、死にたくない。生きたいと強く思った。

日常生活の中で、死を意識する瞬間など皆無だ。だから、人は死ぬ事に無自覚だ。それはいま自分が生きてる事にも無自覚、という事と同じなのかもしれない。いま生きている、という当たり前のようで実はとても大切な事を。がある瞬間に死を覚悟した時に、それは突如として死が生々しいものになる。そして、死にたくない、生きたいと願う。そこで、意識するのだ。「いま、自分は生きている」と。

 

以上の経験から、石川直樹さんが言った事が理解できる。

 

また、この本のタイトルもいい。"いま生きているという冒険"。過去でもなく、未来でもなく、いまこの瞬間、を生きる。というような想いを、俺はこのタイトルから感じた。

 

今回はここまで。次回に続く。